2019年の八丁味噌と私

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正直いって、田舎に住んでいるときは味噌のことなど考えていませんでした。他に考えるべきことがたくさんありました。

就職し一人暮らしをするようになってからも、田舎の味噌は何となく食べる気がせず、学生時代に食べていた関西の白味噌をそのまま使い続けていました。

長い時間が経ってから改めて、たまには田舎の特産の味噌を食べてみようと思いつき、関東ではカクキューの八丁味噌が手に入りやすいのでカクキューの銀袋を買ってきました。しかし、「ん?なんか違くね?」と違和感がありました。以前食べていたものと、どう違うと言われると説明できないのですが違うと感じたのです。

なんか変だなぁ、こんな味だったかなあと思いながら一袋を使い切る頃、母が田舎から所用で出てきて十数年ぶりに再会しました。去年八丁味噌について色々書いた後の話です。母はお土産としてまるやのみそだれを持参しており、「うちは先祖代々まるやだからね」と例の騒動の件を少しだけ口にしました。「おばあちゃんの代にはもうまるやだった」らしいので、少なくとも百年以上になります。(母が言うおばあちゃんは私の戸籍上の曾祖母に当たり、明治時代に岡崎に嫁いできました)

実家では赤だし味噌の入っていたピンク色のプラ容器がいつもそのへんに転がっており、おもちゃを入れたり砂場で砂を入れたりして遊んだことをふと思い出しました。あれはまるやのだったのか...。

八丁味噌なら同じ味なんじゃないの、と勝手に思っていましたが、料理や食材に大して興味がない自分のような者でも、まるやの味噌固有の味を覚えていたことに自分で驚いた次第です。

尚、たまたまうちはまるやだったので「カクキューちょっと違う」と感じましたが、家庭によって当然逆のパターンもあるかと思います。無い語彙力を総動員して違いの説明を試みるなら、カクキューのほうがややスパイシーな香りで、癖の強い苦味を感じます。チョコレートのような洋菓子や洋食のデミグラスソースなどの隠し味によく使われるのはカクキューの味噌の方で、確かにそういう用途にとても似合う華やかさがあります。まるやの味噌は「実家のような安心感」って感じです。うちはずっとまるやだったみたいなので余計にそう感じるのかもしれません。

発酵と醸造の研究や、発酵食品まわりの視覚デザインをされている「発酵デザイナー」の小倉ヒラクさんという方が以前八丁味噌関係のインタビューで話していたのですが、八丁味噌とその他の豆味噌は、化学分析してもほぼ差がないのだそうです。でも味は明確に違うと。確かにそうだろうと思います。さらに差が小さいはずのまるやの味噌とカクキューの味噌の味の違いを、別にソムリエでも料理人でもない普段はジャンクフードどんと来いの自分でも一応わかるぐらいなので。小倉さんいわく、

科学的にほぼ同じという結果は、実際正しいんですよ。でも、それは「石原さとみと綾瀬はるかはほぼ同じ」と言っているのと近くて。

ということらしいです。(全文はリンク先でどうぞ)

明後日、2019年2月1日に日欧EPAの発効に合わせて改正GI法が施行されます。商標登録できなかった岡崎の八丁味噌はこれまでは期限のなかった「先使用権」を行使できましたが、改正GI法では先使用権は7年で期限切れになり、海外では完全に名称を使用できなくなるため、海外の見本市に甲冑姿で登場し「Mr.Hatcho」として有名だったまるやの浅井社長も2026年以降は海外で「Hatcho Miso」を売ることができなくなります。国内においても、パッケージに「GI認定商品ではない」と明記しなければなりませんし、加工品には八丁味噌の文字列を含む名前はつけられません。既に「八丁味噌コーラ」は農水省からの申し入れで改名を余儀なくされたことをニュースでご存知の向きもいらっしゃるかと思います。

今から頭を下げて一度脱退した「愛知県味噌溜醤油工業協同組合」にもう一度入れてもらうか、同じことですがこの緩い基準をのんで八丁味噌協同組合として追加申請してしまえば、ステンレスタンクで温度調整して10ヶ月で出荷できる大量生産のGI八丁味噌に混じって「八丁味噌」を名乗ることはできます。どのくらいGI八丁味噌の基準が緩いのかというと、愛知県で作られる豆味噌なら何でも八丁味噌を名乗れるぐらい緩いです。

組合に入るか追加申請すれば名乗れるのだから排除ではない、というのが国の言い分です。八丁味噌の品質を下げて出荷量を増やすことをよしとせず、品質を保つためにこの枠組みに乗らなくても、名前を守るため枠組みに乗っても、どのみち大量生産の安物が「八丁味噌」として流通するのであれば、岡崎の2社が数百年にわたり守ってきた本物の八丁味噌はおそらく商業的に淘汰されて消えてしまうでしょう。

本来、紛い物が流通することを防止し伝統ある本物が生き残れるようにするのが国の役割だと思うのですが... なぜ八丁味噌は国から守ってもらえないのでしょうか。そこが謎です。「GIマークが付いてるほうが偽物」みたいなイメージがもう付きかけているので、まっとうに認定された他の品物が気の毒に思えてきますが、農水省は一体何がしたいのでしょうか。

例えば某国製の偽のブランドバッグが国内のあちこちで売られていますが、だからといって「本****バッグについては、フランス発祥のものではありますが、既に何十年も某国でも、「****バッグ」の名称でバッグづくりが行われてきております。このため、フランスのみが「****バッグ」の生産地とすることは実態に即しておらず適当でないと判断しております」とか税関が言い出したら頭おかしいと思いますよね。ちなみにこの太字部分の文章は名詞と地名のみ置き換えましたが、去年農水省からいただいたご説明メールのコピペです。

これまでの経緯を遅まきながら追っていくと、昭和のうちに2社でさっさと組合を作って商標登録しておけばなぁ...と残念な気持ちになります。カクキュー一社で商標登録しようとしたりごたついてる間に、全然関係ないトンビに油揚げをさらわれてしまったという感じなので。

先日ティラミス関係で仁義なき商標登録について話題になりましたが、「こんなことはみっともなくてできない」「そんな浅ましい、さもしいことをできる者がいるわけがない」という、良くも悪くも性善説の「古き良き日本」的な感覚はもう捨てないと自分を守れないのではないかと思います。そんな時代は、20世紀とともに終わってしまったのではないでしょうか。