ワイド版10巻
■p.54 森島中良
中央区・区内散歩「森島中良」にやや詳しい解説がある。また、法政大学の田中教授(←何じゃこのトップページは)のサイトに、「紅毛雑話」の「ぼうふら」「蚊」の画像がある。長崎県文化振興室によれば、この「紅毛雑話」で長崎出島でオランダ人たちが楽しんでいたバドミントンっぽいものの道具が描かれているのが、日本にバドミントンが紹介された最初らしい。
兄・桂川甫周と弟・森島中良はみなもと漫画ではサルっぽい顔の兄弟だが、実は二人ともけっこうかっこよかったらしい。
■p.190 キリル・ラックスマン
キリル・グスタヴォヴィチ・ラックスマン(1737-1796)はフィンランド(当時はスウェーデンの支配下にあった)出身の博物学者。生まれた時は「エリク」という名前だったが、ロシアに定住するようになると「キリル」とロシア風の名前を名乗るようになった。山下恒夫「大黒屋光太夫」(岩波新書879)によると、若い頃は貧乏でルター派の牧師をやって生計を立てており、実は独占欲が強く狭量な一面もあったという。
ロシアの人名は姓と名の間に独特の「父称」があり、父親の名がわかるようになっている。従って、のちに登場するキリルの息子は「キリロヴィチ」という父称をもつ。日本人の新造や庄蔵の場合は、名付け親を立ててその姓と父称を受け継ぐことになる。
■p.216 徳内、本多利明に看病される
島谷良吉「最上徳内」(吉川弘文館人物叢書)によると、
音羽一丁目の恩師宅に引取られたときの徳内はひどい疾瘡(かさ)であって、伝染の恐れもあるので、薪小屋に寝起きをし療養することになった。飯は竹竿の先端に付けた笊に入れて届けられたという。
という感じで、鼻をつまんで看病される「風雲児たち」よりさらに悲惨な状態だったらしい。