ワイド版16巻
■p.114 高島秋帆砲術指南
高野澄「韮山塾」(奈良本辰也編「日本の私塾」1969 淡交社 所収)によると、幕府から最初に高島流砲術の伝授を許可されたのは同じ尚歯会グループで幕府鉄砲方の下曽根金三郎(ワイド版19巻で佐久間象山がちょっとだけ入門している)だった。これは、水野忠邦の命令書に「当地御直参のうち執心の者壱人」とあったためで、伊豆の代官である江川は斎藤弥九郎はじめ9人を徳丸が原の実演の手伝いに行かせるなど積極的に協力したのに選にもれてしまった。
その後の必死の運動が功を奏して、下曽根が免許をもらったあとでようやく江川は幕府から正式な高島流砲術伝授の許可を受けているとのこと。